日本研究ライブラリー

人とモノのつながり:文化人類学と日本研究

ファビオ・ギギ(Fabio Gygi)氏 ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院(SOAS)准教授

スイス生まれ。ドイツのテュービンゲン大学で民俗学と日本学を専攻し、修士号を取得。その後、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で社会人類学の博士号を取得(2010年)。2010年から2013年まで同志社大学社会学部で助教を務めた後、ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院(SOAS)に着任。2021年からSOASの日本研究センター長を務めている。

ギギ氏は、2026年3月から2027年2月まで「宗教の未来――現代日本における仏教と想像の技術」の研究のため、日文研に滞在されています。ご専門は文化人類学で、主に日本に関する医療人類学と物質文化を研究されています。

西芳寺(京都市)にて

日本に関心を持たれたきっかけを教えてください。

日本との最初の出会いは、子供の頃の柔道の経験でした。8歳のときに柔道を習い始めましたが、その時の先生が1964年の東京オリンピックで銀メダルを獲得したエリック・ヘンニ先生で、稽古中に日本の話を聞いた記憶があります。

日本語を勉強し始めたのはいつですか。

16歳の時に交換留学生として1年間日本でホームステイをしながら、栃木県立宇都宮高等学校に通いました。来日前は簡単な挨拶しか知らなかったので、1200人ほどの生徒がいる男子校で唯一の外国人生徒として過ごす日々は、大きな挑戦でした。でも、その中で少しずつ日本語ができるようになっていきました。在学中は、剣道もやっていたので、学ランに丸坊主という格好でした。その姿でスイスに帰国したときは、家族もとてもびっくりしていました。

大学では何を勉強されましたか。

ドイツのテュービンゲン大学で日本学と民俗学を同時に専攻しました。また、半年ほど交換留学生として同志社大学で勉強する機会もありました。このときも、ホームステイをしながら、12歳の頃からやっていた合気道を続けました。

どうして民俗学に関心を持たれたのですか。

民俗学というと、伝統のイメージがあるかもしれませんが、私は現代のほうに関心があります。そこには、日本での経験が大きく影響していると思います。人々が普段あまり意識せずに行っている習慣や行動、人と物質とのつながりにとても興味があります。文化的な差異はむしろこうした日常生活の中にあるのではないかと思っています。

博士課程とその後の研究について教えてください。

博士課程では、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに進学しました。その間に、JSPSの奨学金をいただいて、東京大学の福島真人先生のもとでごみ屋敷について研究しました。そのフィールドワークの一環として、区役所のボランティア活動に参加しました。クレームが寄せられた家を訪問し、住人を説得したり、承諾を得られた場合には実際に片付けをする仕事でした。ただ、そこではあまり当事者の方々とは接することができず、どのように研究を進めればいいか悩んでいました。

その頃、「片づけられない女」がメディアで取り上げられるようになり、新たな研究の展開につながりました。ごみ屋敷と片づけられない女は、現象として見れば似ていますが、その取り上げられ方は全く異なっていたので、ジェンダーが捉え方を大きく左右していることに気づきました。

1年半ほどのフィールドワークを経て、ロンドンに戻った後、この問題について博士論文を書きました。今でも別の文脈でその研究を続けています。なぜ人にとってモノが大事になるのか、なぜ捨てられなくなってしまうのか、モノに対する思いや執着を考察するのは非常に面白いと思っています。そこから人形供養の研究にも発展していきました。

現在では、さらに仏教とテクノロジーにも関心を広げています。例えば、人工衛星やドローンといった最新技術と、仏教的な世界観や儀礼がどのように結びつくのかを研究しています。

現在、SOASで教えられていますが、教育においてどのような課題がありますか。

一番の難しさは、日本語を学んだことがない学生に、日本社会や文化について教えることです。実際に日本へ留学した学生は、自分自身の経験と結びつけて考えることができますが、日本に行ったことがない学生にとっては、日本はどうしても抽象的な存在になりがちです。

また、近年はアニメやマンガをきっかけに日本に興味を持つ学生も多くいます。それ自体はとても良いことですが、一方で、日本についてのイメージがアニメやマンガを通して形成されている場合もあります。授業では学生が持っているイメージや先入観を問い直し、「日本」というものをより多面的に捉えることを大切にしています。

フィールドワークを行うことの難しさは何ですか。

文化人類学のフィールドワークでは、コミュニティの内部に入り、その論理や価値観を理解することが重要です。ただ、深く関わるためには、一つのコミュニティに時間をかけて参加し、信頼関係を築いていく必要があります。例えば、祭りや武道を研究するとしても、複数の団体に同時に入り込むことはできないので、選ばなければなりません。

一方で、一つの場所に深く入り込むほど、その世界を普遍的なものだと思い込んでしまう危険もあります。実際には、研究している文化は、「日本」全体ではなく、ある地域、ある集団だけの実践であることも少なくありません。文化人類学では、こうしたスケールの違いを常に意識することが大事だと考えています。

下賀茂神社(京都市)にて

博士課程の学生にメッセージをお願いします。

研究を既存の枠組みに収めることだけを考えるのではなく、そこからはみ出すものにも目を向けることが大切だと思います。もちろん、先行研究や方法論を踏まえることは重要ですが、枠にはめられないものの中にこそ、新しい研究の可能性があります。

また、研究は必ずしも計画通りには進みません。偶然の出会いや予想外の出来事が、新しい研究テーマにつながることもあります。そのため、オープンな姿勢で対象と向き合う必要があります。研究データやインタビュー資料についても、最初から自分の仮説に合う部分だけを見るのではなく、何度も読み返し、改めて向き合うことが大事だと思います。後から振り返ることで、当時は気づかなかった発見があるかもしれません。

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