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「グローバル憲法史国際シンポジウム」 を開催しました

1850年代半ばから1930年代にかけて、立憲主義に基づく近代国民国家の樹立は、西洋にとどまらず非西洋世界においても多様な形で模索され、立憲主義のグローバルな展開の時代を形成しました。その中で日本は、非西洋国家としては先駆的に、1889年の明治憲法の公布を契機として、国民国家統合に向けた法制度の整備をいち早く達成できました。さらに日本は、トルコ、ネパール、タイ、エチオピア、中国などの地域において、国家形成の一つのモデルとして参照され、人的交流やテキストの越境的伝播などを通じて、グローバルな立憲主義の潮流の中で重要な役割を果たしたのです。

2021年より、ドイツのマックス・プランク法制史法理論研究所を拠点として、「立憲主義のグローバル・ヒストリー:思想の世界的交流と交錯(1850年代〜1930年代)」と題する研究プロジェクトが開始され、本部門の部門長・瀧井一博教授が参加しています。日本がこの潮流の中で果たした役割の重要性に鑑み、当該共同研究の一環として、瀧井教授の主導のもと、本部門、日文研国際研究推進部、ならびに共同研究会「国家形成のなかの知―比較国制史からの日本論―」の共催により、2026年3月7日(土)から8日(日)にかけて、日文研においてグローバル憲法史のシンポジウムが開催されました。

                (左からWilliam Figueroa氏、Egas Moniz Bandeira氏、Banu Turnaoğlu氏)

初日には、まず研究プロジェクトの代表者であるBanu Turnaoğlu氏(ケンブリッジ大学)およびEgas Moniz Bandeira氏(東北大学)より、プロジェクトの趣旨説明が行われ、その後、トルコ、中国、イランの立憲運動をめぐっての報告がありました。

Banu Turnaoğlu氏は、ナムク・ケマルの法政治思想を手がかりに、1876年オスマン憲法の思想的基盤を分析しました。そこでは、憲法制定は西洋の模倣や伝統回帰ではなく、イスラムの在来概念に依拠しつつ、法の支配による権力制約が志向されていたことが紹介されました。Egas Moniz Bandeira氏は、中国における憲法思想の展開過程を跡づけ、当初のアメリカ・モデルから明治憲法の成立を契機とした日本モデルへの傾斜、さらに1908年以降の制度改革を経て、1923年憲法に至る過程について報告されました。William Figueroa氏(フローニンゲン大学)は、イラン立憲運動において重要な役割を果たした雑誌『Habl al-Matin』の記事分析を通じて、日露戦争での勝利や教育改革を契機とする日本の影響が、イラン憲法構想に及んでいたことを明らかにしました。

これらの報告に対して、佐々木紳氏(成蹊大学)および梅田百合香氏(桃山学院大学)がコメントを行い、前者からはオスマン帝国の文脈から帝国的統治と立憲主義の関係を、後者からはホッブズの国家論の観点から主権と国家形成の理論的基盤をめぐって議論が展開しました。

                             (コメントに対するリンダ・コリー氏の応答)

二日目の冒頭では、リンダ・コリー氏(プリンストン大学)の著書 The Gun, the Ship and the Pen: Warfare, Constitutions and the Making of the Modern World(Liveright Pub. Corp., 2022)をめぐり、同氏と将基面貴巳氏(オタゴ大学)、瀧井氏の三名によるラウンドテーブルが行われた。まず将基面氏は、戦争と神聖性(sacrality)が国家形成において持つ意味を問い、成文憲法を「sacred text of civil religion」として捉えるべきであるとの問題提起を行った。瀧井氏は、グローバルな立憲主義の文脈における日本の位置づけに着目し、明治憲法の思想的背景を再検討した。とりわけ岩倉使節団の観察を手がかりに、人種論・文明論・知識国家論といった視点から、憲法と国家形成を日本文明と世界文明の融合として捉える必要性を指摘した。これらの議論を受けて、コリー氏は両氏のコメントに応答しつつ、憲法の運用に伴う現実的課題に言及するとともに、現代における憲法を取り巻く状況に触れ、当面する憲法の危機についての見解を示した。

                    (左からDavid Malitz氏、Bryan Tiojanco氏、Iza Hussin氏)

後半のセッションでは、タイ、フィリピン、マラヤ連邦の立憲運動をめぐって報告がなされた。David Malitz氏(ドイツ日本研究所)は、19世紀半ば以降のタイにおける憲法論の中で、日本が皇室の伝統や非西洋性、非植民地国家としての経験を背景に、議会制度や法の支配の参照モデルとして現在に至るまで重視されてきたことを指摘した。Bryan Tiojanco氏(ヨーテボリ大学/東京大学)は、1899年マロロス憲法の形成過程に注目し、それがアメリカ革命に由来する政教分離の原則と、アジア革命の文脈とが交錯する中で成立した「二つの革命の産物」であると位置づけた。Iza Hussin氏(ケンブリッジ大学)は、1895年ジョホール王国憲法の形成過程を分析し、同憲法がオスマン帝国、日本、プロイセンなどを参照しつつ成立したことから、非西欧世界相互の制度的連関を示すとともに、イギリスの帝国秩序とオスマン的ヒエラルキー、イスラーム的権威主義が交錯する中で形成されたと指摘する。

続いて、ハサン・カマル・ハルブ氏(日文研/カイロ大学)と中澤達哉氏(早稲田大学)は、それぞれ非西欧諸社会における近代化過程に伴う西洋化と伝統維持の葛藤、ならびに不平等な帝国的・国際秩序の中で主権主体として自己を主張する問題に焦点を当ててコメントを行った。

                                    (会場の様子)

オンライン参加を含め、二日間で延べ51名が参加し、活発な議論が展開された。Q&Aセッションでは、憲法の具体的条文からその背後にある思想、さらにはグローバルな伝播経路や個々の人物の知的軌跡、宗教や皇室の位置づけといった文脈固有の課題に至るまで、多岐にわたる論点について活発な討議が行われた。本企画は、世界各地の法制史研究者を一堂に集め、日本の憲法制定の経験を比較および連鎖の視点からグローバルな文脈の中に位置づけると同時に、日本の学術的知見を発信し、英語圏アカデミズムにおける脱西洋中心主義へのパラダイム転換に寄与しうることを志向するものであった。その成果は、Turnaoğlu氏とBandeira氏の編集で、ケンブリッジ大学出版会から刊行される計画が進んでいる。その完成が期待される。

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