UGJS研究集会「国際日本学の視座から見る日本の経済と思想」を開催しました
日本はアジアで最初に立憲体制を確立し、産業資本主義に基づく近代国家として発展しました。その顕著な経済成長を支えた歴史的条件については、特に高度経済成長期以降、国内外で大きな関心が寄せられています。これに関連して、日本型経済発展の思想的基盤をめぐっては、勤勉革命論、儒教倫理論、報徳思想研究など、経済行動と倫理規範の関係に着目した多様な議論が展開されてきており、その関心は海外においても一層高まりを見せていいます。しかしその一方で、海外の研究・教育の現場では教員リソースに制約があり、日本研究の分野において経済学的な専門訓練を受けた教員が不足しているため、体系的かつ専門的な指導を受けることが難しい状況にあります。
このような状況を踏まえ、本研究集会は、日本国内の専門家に加え、海外で訓練を受けている、さらに海外で活躍する研究者が、「近代日本の経済と思想」という主題のもとで相互に学び合う場を創出することを目的として企画されたものです。上廣国際日本学研究部門は、日本経済思想史学会と共同し、同学会の西日本例会の枠組みのもとで、2026年4月11日に同志社大学今出川キャンパスで研究集会「国際日本学の視座から見る日本の経済と思想」を開催しました。

(会場の様子)
本研究集会の第一部では、開催地である京都の知的・歴史的文脈に着目し、京都という「場」が経済知の構想や思想形成にどのような影響を与えてきたのかについて、4名のパネリストがそれぞれ20分ずつ報告を行いました。小林丈広氏(同志社大学)は、新地開発および遊所取締の緩和を手がかりとして、近世から近代にかけての京都における都市空間の再編過程について、史料の分析に基づき歴史的に検討しました。続いて西岡幹雄氏(同志社大学)は、軍略家・山本覚馬による京都の勧業政策や都市再興などに表れた実用主義的な産業思想から、ラーネットのリベラルアーツに通じる経済思想に至るまでの系譜を検討しました。そのうえで、西洋知識を取り入れつつ国際社会の中で日本の価値を提示しようとする志向と、それに伴う倫理的・啓蒙的性格こそが、京都の経済思想の特徴であると指摘しました。田中秀臣氏(上武大学)は、京都で半世紀にわたり活動した経済学史家・住谷悦治に注目し、これまで十分に検討されてこなかった雑誌『クラルテ』を手がかりに、植民地期の朝鮮人留学生を含む知識人ネットワークの実態を明らかにするとともに、芸術論を軸とした京都発の知識人による反戦的・国際的交流の一端を示しました。さらに牧野邦昭氏(慶應義塾大学)は、戦時期の京都大学における経済学者の動向、とりわけ海軍への協力や満州との関係の実態を検討し、戦後の総退陣による経済学部の弱体化に至る経緯を分析した。そのうえで、京都大学経済学の展開が戦時期に一つのピークを迎え、その後低迷期を経たことを再確認しました。
午後に開催された第二部では、海外出身の研究者や国際日本学に取り組む次世代研究者による報告を中心に、近代日本の経済と思想をめぐって、7名のパネリストがそれぞれ15分ずつ報告を行いました。まず、和田慎太郎氏(同志社大学大学院)は、荻生徂徠『弁道』などの著書とピエール・ニコル『Essais de morale』の比較を通じて、「礼(礼節)」の定義の差異に着目し、経済学(economics)と経世論の分岐点を明らかにしました。続いて商兆埼氏(復旦大学・国際日本文化研究センター)は、商業社会における富の追求と徳の維持という相克をいかに調整し、繁栄・公平・正義をいかに両立させるかというアダム・スミスの問題意識を起点として、福沢諭吉、勝海舟、陸羯南、横井小楠による鉱毒問題に関する言説を整理しました。続いて金秀玲氏(ペンシルベニア大学大学院/お茶の水女子大学)は、満洲における「労働問題」に注目し、『満洲労働事情総覧』(1936年)を中心資料として分析を行いました。その結果、「五族協和」のスローガンのもとで展開された労働政策に内在する人種的側面が浮かび上がることを指摘しました。魏思雨氏(慶應義塾大学大学院)は、慶應義塾大学の社会思想史家・加田哲二の東アジア認識に注目し、その理論が「民族の基本社会」という概念に基づく民族社会発展論に支えられていたことを明らかしました。さらに、経済的生産組織の再編成を通じて民族解放と経済発展とを結びつける視座が、戦後に至っても基本的に維持されていたことを指摘しました。Jonathan Krautter氏(一橋大学)は、戦後初期から1970年代に至るまでの日本の産業政策における「誘導調整」に注目し、その性質として、特定の調整問題に応じた精緻な制度設計、過度な規制の回避、終了条件の設定といった特徴を有することを指摘しました。さらに、このような誘導調整が不確実性の低減と民間の期待の安定化に寄与したと論じた。Son Joonwoo氏(北陸先端科学技術大学院大学)は、アメリカにおける科学技術社会論(STS)の訓練と、日本の文脈における「日本経済思想史」との接点に着目し、戦後日本におけるGNPなどの指標を分析対象としました。日本の戦後経験を一種の「ラボラトリー」として捉えつつ、そこから得られた知見が必ずしも国際的に十分な交流・拡散を遂げてこなかった点を指摘し、今後それが国際的な理論的テコとなり得る可能性を展望しました。最後に、Tao Bo氏(千葉大学)は、アメリカの大学における歴史学の訓練のあり方や、大学出版会において日本経済思想史に関する人物研究の書籍を出版する際の経緯について紹介しました。その中で、国際的な発信にあたっては、先行研究の踏まえ方や想定読者の違いに応じて記述の方法を柔軟に調整する必要があり、そのことに伴う困難があることを指摘しました。
第三部「共通討論」においては、11名の登壇者それぞれに対して約10分の質疑応答の時間が設けられ、活発な議論が展開されました。オンライン参加を含め54名が参加し、同部では、個別人物の思想の具体的な解釈方法や再評価の妥当性に関する検討から、戦後産業政策やGNPをめぐる論争の展開、さらにアメリカをはじめとする欧米の歴史学界における人物研究の隆盛とその変遷に至るまで、多岐にわたる論点について活発な討議が行われました。
本企画は、国内外で日本の経済と思想を研究する次世代研究者と、国内で長年にわたり研究の蓄積を築いてきた研究者を一堂に集めるものでした。次世代研究者にとっては専門的な指導を受ける機会となると同時に、国内で既存の研究分野に新たな視点と刺激をもたらすものであり、双方にとって有意義な学び合いの場となり得ることが示されました。今後もこのような試みが一層展開されていくことが期待されます。
